青白い顔

青白い顔

kesyouhin

フランスでは一七八九年の大革命が起こってさまざまの流行を悪夢のように洗い去ると、青白いセンチメンタルな化粧がはやり出して、やたらにベニを塗った顔は下品になった。

またイギリスでも、十九世紀の後半はビクトリア女王の時代で、女王は一八六一年に皇婿(夫)を失ったので、それ以後喪服をぬがず、化粧をしなかったので、女性の生活が地味になり、若い淑女の身だしなみがひかえ目になった。

化粧などもできるだけ目立たないようにこころがけ、くちびるはハンカチでかるくこすって血色をよくした。

ただし、だからといって、口紅がまったく姿を消したわけではなく、この頃の形容では「サンゴ色のくちびる」というのが、しばしば詩や文章に現われている。

またフランスでは、青白い顔がはやって、健康な若い娘たちはどうしたらよいかに迷った。

女性がわずかなショックで卒倒するのはまことにやさしく、可憐にみられたので、彼女たちはいつでも気が遠くなるように日頃から練習しておく必要があった。

感じやすい女性は、卒倒の芸術を身につけ、一分間の卒倒でも、あるいは半時間の卒倒でも、思いのまま気が遠くなることができた。その頃はコルセットをきつくしめていたので、ちょっとしたショックでも、気絶する女性が少なくなかった。

このような時間の背景ないし感覚の変化で、「顔にどぎつい色を塗る化粧」は流行おくれとなり、その長い歴史の幕を閉じた。

また十九世紀の後半に入って化学が進歩して、化粧品の領域にも根本的な変革が行われて新しい化粧品が生まれ、さらに今世紀の第一次大戦後からは化粧品の使用が落ち着いて、皮膚用クリームと粉白粉の使用が一般化した。

棒口紅(ルージュ)の使用を別にして、一九五〇年代まで顔を彩る(メイクアップ)化粧は演劇と映画の世界にかぎられ、「顔を彩った女(ペインテッド・ウーマン)」という言葉は、不真面目な女性の代名詞になった。

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