赤い化粧

赤い化粧

kesyouhin

十七世紀のルイ王朝では、宮廷の女性が先頭に立って赤い化粧をはやらせた。

十八世紀にはオシロイを陶器のように厚く塗った顔にベニが塗られた。

「ベルサイユ用」(ベルサイユはルイ王朝の宮殿)というベニは特別に色があざやかだった。

昼間は濃いベニを用い、夜はうすい色のベニを用いることがこの時代の化粧の技巧だった。

一七一二年にイギリスの外交官の夫人だったモンタギュー夫人がパリから書き送った手紙に「フランスの夫人の顔は火のついたような色で、人間の顔ではありません」と、その驚きを伝えたが、どうして赤い化粧がそんなに流行したかについては、さまざまの想像説が現われているが、その原因の一つは、上流階級の夫人の顔色がひどく悪かったことで、さらにそのもとは彼女らの生活では戸外の光にあたる機会が少なく、同時にたべものにからだのあたたまる脂肪がすくなかったためだったとみられている。

この時代はローマ時代とおなじく、ベニはくちびるよりも、頬を赤くする化粧品だった。

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