西洋の化粧文化史/ポッパエア

西洋の化粧文化史/ポッパエア

kesyouhin

ローマでもっとも贅沢だった女性はネロ皇帝(在位五四~六八年)の妻ポッパエア・サビーナで、歴史上彼女ほど化粧や身だしなみに贅沢をつくした女性は少ない。

彼女は脂肪、ハチミツ、穀物の粉またはパンをすりつぶしたもの、ならびに軟膏でビューティー・マスクをつくり、翌朝それを洗うときにはロバのミルクを用いた。

また彼女はマメのあら粉などもマスクに用いた。彼女のマスクは独特のものだったので、「ポッパエアのマスク」と呼ばれた。彼女はそれを常用していたので、その皮膚は真珠や絹のように美しい色をしていたと、まことしやかに伝えられている。

ローマ人は風呂好きだったので、貴族の夫人たちは普通の風呂だけでなく、彼女らの皮膚を美しくするため、フスマの風呂やロバのミルクの風呂に入った。ロバのミルクの風呂を考えだしたのはポッパエアで、それについてローマの博物学者プリニウス(西暦一世紀)は彼の『博物誌』のなかで、「ロバのミルクは顔のシワをなくし、皮膚をいっそうデリケートにし、その白さを保つ、と一般に信じられている。若干の婦人が一日に七百回(正確にそれだけの回数が確かめられている、とプリニウスは書いている)もそれで顔を洗うことはよく知られている。ポッパエアはそれを最初に行なった婦人で、その目的のため旅行中には飼養していた牝ロバをつれていった」と書いているが、一日に七百回も顔を洗ったというのは少々大袈裟で、文章的な修辞のように思われる。

後世には彼女が旅行中につれていった牝ロバは五十頭だったと書かれるようになった。

たんに化粧がさかんになっただけでなく、それによって男性を惹きつける手段もこの時代に始まって、ポッパエアはネロが彼女を抱擁しようとしたとき、とっさにネロのくちびるに口紅をおしつける技巧を考えた、などといわれている。

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