なぜ女は化粧するのか

なぜ女は化粧するのか

kesyouhin

なぜ人間の雌は化粧し、動物の雌は化粧しないのか。

なぜ人間の雄は、化粧した時代があり、いままた化粧する風習が少しずつ戻ってきたのに、その大部分は化粧しないのか。

それは人間の雌・女性が、自分自身を美しく見せることに非常に高い価値と意味を見出しているからだ。

そしてそれは、自分に固有の美であり、他人とちがう自分をつくり出すもとだと、たいていの女は考えているふしがある。

問題は、それが思惑通りいっていないことが多いことなのだけれど。

女が化粧にかける時間や化粧のために費やすお金は莫大なものだし、女に化粧させるために企業が直接的・間接的に投資する金や、女の化粧行勁を促進するために企業が使う金も、驚くほどの額になる。

そしてこのごろは、世界中で、この化粧戦線に男も参加しはしめた。

化粧という行為は、ハダカのサル・人間に特有の、ふしぎな行動形態なのだ。

そうはいっても、ハダカのサルの中で、化粧に圧倒的に熱心なのは、女性である。資本主義社会で、化粧をまったくしない女はほとんど想像できないくらいだ。

アンチリブ派の人々はフェミニストたちをおしゃれもしない女などと悪口を言いたがる。

でも実際には、リブの女もうすく化粧するし、おしゃれにも無関心ではない。

あらゆる女にとって、美しくあるということは、女性であることを誇らしく認めることだ。

その否定は女であることの否定だ。

問題は、何か女の美か、ということだ。男のためのつくられた美を美と考え、そのために女が自然さを捨て、精神的にも肉体的にも苦しんだ時代は良く続いた。

ありかたいことに現代では、美はもっと主体的にとらえられ、装う女自身の美意識で考えられるようになった。

フランスのファッション界の実力者、ジュヌヴィエーヴ・ダリオーはいう。「男は趣味のために大部分のお金を使う。女は外観のために大部分のお金を使う」

美しいということは、女にとっても、男にとっても、すばらしい天の賜物だし、美しい女や男を目にすることは快いことなのに、なぜ、男女両性の中で、女のほうが美に熱心で、かりに「大部分」ではなくても、少なくとも男よりずっと多くのお金を賞やすのか。

お金を使うということは、多くの時間、多くの努力、ということでもある。

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