ご挨拶

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kesyouhin

はじめまして。現役教師の管理人です。

こちらのサイトでは化粧品百科ということで、化粧品の歴史や社会的意義など、その背景や文化についてご案内していきたいと思います。

ご愛顧いただければ幸いです。

管理人

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べ二

べ二

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古代エジプトの化粧を伝えた「旧約聖書」の女性たちの化粧が、目のふちを黒く彩ることに中心が置かれていたことはすでに記したが、エジプトとギリシアでは、くちびるにベニを塗ることが始まっていた。

べ二の原料には、ギリシアでは海藻、クワの実、地衣などの植物性の染料や、紫以の身をつぶしてつくった赤い染料が使われていたことはすでに記したが、16、17世紀には、辰砂(またはシンシャ)などの鉱物性の原料(有毒)でつくったものがもてはやされた。

これは色が皮膚にくいこむので、一度用いると、いつまでもとれなかった。

また十六世紀にはアカネの根からつくった赤い染料が一般化し、その後ベニバナからつくった色のあざやかな赤い粉(1753年にルージュとして登場)が使われるようになった。

いずれにしても、今日でいうと工業用や染色用の絵具が、化粧にもそのまま共通に使われていたわけであった。

イギリスでベニをルージュと呼ぶようになったのは1753年頃からで、フランスの影響であった。

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化粧法の変化

化粧法の変化

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19世紀の後半に、オシロイとベニのこってりした化粧法が下火になったことはすでに記したが、今世紀にはいると、すっきりした単純な化粧法が主流になった。

これは質のよい化粧石鹸がつくられるようになって、それで顔を洗う習慣ができたことや、20世紀になって美容の専門家が現われ、それまで化粧は家庭で行なっていたのが、ビューティー・パーラーに行く習慣に変わったことなどの理由があげられている。

第一次大戦後にはアメリカでもヨーロッパでも数えきれないほどの新しい化粧品が現われたが、とくに生産が拡大されたのは粉オシロイとクリームで、一般的な顔の化粧のテクニックでは皮膚にクリームをつけ、多すぎたクリームは拭きとり、つぎにパフで粉オシロイをつけ、その日の時間にあわせた顔色をつくったが、オシロイの下の皮膚がはっきり見えるのをさまたげるようであってはならないといわれるようになった。

続いて50年代の終わりごろから、世界的に新しいメイクアップがはじまったことは周知のごとくである。

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亜鉛華の発見

亜鉛華の発見

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化学の急速な発展が、化粧品の品質改良に影響を与え出したのは19世紀になってからで、1866年にそれまでの危険だったオシロイに代わって、酸化亜鉛(z-inc oxide 亜鉛華=flower of zinc ともいう)のオシロイができたときには、たんに危険がなくなっただけでなく、それまでの顔に塗る粉のように変色せず、安価に製造できるようになったので、ヨーロッパでもアメリカでも、その利用者がふえ、売上がふくれ上がった。

その後、さらに1916年に酸化チタニウムが発見され、翌年それでつくったオシロイがアメリカで大量に売り出され、鉛白のオシロイはギリシア以来の長い歴史を終わった。

わが国でも、西暦7世紀の終わりに、中国、朝鮮を経て鉛白のオシロイが伝わったとみられ、それ以後昭和の初期までそれが使われていたが、その一方で明治20年頃亜鉛華が輸入され、続いて大正12年に酸化チタニウムが輪人されたが、鉛白のオシロイは分子がこまかく、肌着きがよいというので依然として市販されていた。

それが全面的に製造禁止になったのは、はるかに後の昭和9年(1934年)12月であった。

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17・18世紀のオシロイ

17・18世紀のオシロイ

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オシロイの製法は数百年にわたっていっこうに進歩しなかったので、当時の紳士たちは美人と接吻したり、抱きあったりすると、オシロイとクリームで上衣がめちゃめちゃになった。

これは化粧品が不完全だったためで、美人といちゃついた証拠のよごれくらいは、戻りのタクシーのなかでハンカチーフか指先でポンと叩くだけで、たわいなく消えてしまう今日のオシロイとは、雲泥の相違であった。

18世紀になると、新聞が登場してそれに化粧品の広告が載るようになり、危険のない植物性の原料からつくった化粧品というのが謳い文句になったが、本当は正体が曖昧で、1777年に創刊されたフランスの最初の日刊新聞「ジャーナル・ド・パリ」の記事によると、多くの化粧品が依然として、朱、鉛丹、錫、鉛、硝黄、水銀などの有害な原料を使っていることが警告されている。

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安全なオシロイ

安全なオシロイ

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ただし、総ての女性が危険なオシロイを使っていたわけでなく、効果は劣るが、鉛白を用いない、いろいろのオシロイが考えだされていた。

胡粉や白墨の粉を原料にしたものはローマ時代から使われていたが、17世紀頃の文献をみると、真珠をやいて粉にしたものや、ブタのアゴ骨を粉にしてフルイにかけ、白ケシ油にまぜたもの(ブタのアゴ骨の粉は、ほかの動物の骨粉よりきめがこまかいといわれていた)や、「スペインの白」と呼ばれていた白墨の粉や、「パリの石膏」と呼ばれていたアーフバスター(上質の光沢のある石膏)の粉末などが現われているが、この種のものでは澱粉に香りをつけたものが評判がよかった。

その頃のオシロイの類は粉のまま売られていたので、今日でもオシロイのことを「粉」(英=powder、仏=poudre)といっている。

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